島崎藤村 波乱に満ちた人生と赤裸々な作品

スポンサードリンク

 

木曽路はすべて山の中である・・・この冒頭はあまりにも有名ですね。

島崎藤村の『夜明け前』です。

藤村は2012年に生誕140年を迎えました。

 



 

■島崎藤村とは

島崎藤村は1872年に筑摩、今の岐阜県の名家で生まれました。

9歳で学業のため兄とともに上京し、その後文学に興味を持ちます。

教師となった藤村は22歳の頃から文学史「文学界」に寄稿。

その直後教師を辞め、9か月にわたり関西を放浪します。

その後東京や東北で教壇に立ちながら作品を発表します。

 

この頃の日本文学は「ロマン主義文学」と言われ、森鴎外などが活躍していました。

そんな中、藤村は「初恋」などで知られる処女詩集『若菜集』を刊行します。

26歳の時でした。その後もいくつか詩集を発表し、34歳で小説『破戒』を自費出版。

この作品は「本格的な自然主義」と評されました。

 

自然主義とは、 フランスから発生した文学の形で、特徴としては 「美化を排除し、人間の行動を客観的にとらえる」事でしたが、日本では 「赤裸々に暴露する」という形でとらえられ、藤村の作品も『家』や『新生』、 代表作である『夜明け前』と、私生活を暴露するようなものが多く書かれています。

 

■島崎藤村 波乱の生涯

島崎藤村の生涯は波乱に満ちていました。

15歳の時に、元は国学者であり、のちに藤村の作品『夜明け前』のモデルにもなった父が牢獄で狂死します。

その後キリスト教の洗礼を受け、教職につきながらも、実らぬ恋に苦しみます。

恩人であった北村透谷が25歳の若さで自殺。

名家であった実家も没落し、お金に苦労します。

藤村は結婚してから7人の子をもうけますが、長女から三女までが次々と亡くなり、四女を産む際に妻をも無くします。

その後、親族の女性と倫理に反する関係になり、子供を産ませてしまいます。

その関係を断つために、藤村はフランスへと渡りました。

晩年にさしかかると徐々に生活は落ち着き、57歳で再婚すると、代表作の『夜明け前』の執筆に取り組みました。

70歳の頃には太平洋戦争がはじまり、71歳の時に脳溢血で亡くなります。

 

■島崎藤村の作品

藤村の作品は、詩集、写生文、小説、童話と多岐にわたります。

作品集の中で発表された詩にメロディーをつけて、歌として現在に残っているものもあります。「椰子の実」などはその代表格と言えるでしょう。

重いテーマの作品が多い藤村ですが、元は詩人ですので、描写が細かく、文章が美しいのが特徴です。

藤村も一時住んでいた長野県の小諸には、ゆかりの温泉宿もあるようです。

作品を片手に訪ねてみるのも素敵ですね。


スポンサードリンク


どうでしょう?参考になりましたか?


あわせて読みたい関連記事

コメントを残す

コメントリンクを nofollow free に設定することも出来ます。

サブコンテンツ

スポンサードリンク

読者が選ぶ人気記事一覧

このページの先頭へ