端午の節句!こいのぼりで男児の出世と健康を願う

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こいのぼり

以前、♪屋根より低いこいのぼり~♪と我が家の悪ガキが歌っていました。

こいのぼり(鯉幟)とは日本の風習で、江戸時代に武家で始まった。端午の節句である旧暦の5月5日(新暦では6月20日前後)までの梅雨の時期の雨の日に、男児の出世と健康を願って家庭の庭先で飾られた、風をはらませてなびかせる吹流しを鯉の形に模して作ったのぼり。

皐幟(さつきのぼり)、鯉の吹き流しとも言う。現在は新暦5月5日まで飾られ、夏の季語として用いられる。飾られる季節も変わり、イメージは「晩春の晴天の日の青空にたなびくもの」となった。

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え~知りませんでした。

長男の時に、祖父がニコニコして持ってきたこいのぼりを2階のベランダに飾りました。雨が降ると濡れるとかわいそうだと思い洗濯物より先に部屋に入れてあげました。

数年後に誕生した二男が、小学校入学まで飾っていましたが、色落ちと排気ガスによる変色でまっくろくろすけになってしまいました。あ~可哀想な我が家のこいのぼり。

中国の故事で、黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を多くの魚が登ろうと試みたが鯉のみが登り切り、竜になることが出来たことにちなみ鯉の滝登りが立身出世の象徴になった。

本来は真鯉(黒い鯉)のみで、明治時代から真鯉(まごい)と緋鯉(ひごい)の対で揚げるようになったが、昭和時代からは家族を表すものとして子鯉(青い鯉)を添えたものが流となった。

ただし、過渡的に黒と青だけという組み合わせも見られた。さおの先に回転球やかご玉、その下に矢車を付け、五色もしくは鯉などを描いた吹流しを一番上に、以下真鯉、緋鯉、を大きさの順に並べて揚げるのが一般的です。

こいのぼりと言ったら広島カープでしょ!

原爆の爆風で飛ばされ壊れた広島城が江戸時代に“鯉城”リジョウと呼ばれていた為、球団名が広島カープと名付けられました。「鯉」は英語でカープです

鯉は音読みで「り」と読みます。 広島市のメーンストーリに鯉城通りが存在します。

(リジョウ)鯉城と付くものが多く存在するそうです。「鯉」探しの町歩きが面白そうです。

ちょうど5月は菖蒲の花の咲く頃で「端午の節句」ともいわれてきました。
菖蒲は 尚武(しょうぶ)<武をとうとぶ>と 同じ発音なので、江戸時代の武士は、子ども達が、強くたくましく育つために、5月5日になると、家の中に、 よろいかぶと、太刀(たち)、太鼓、 それに金太郎や強そうな武者人形を飾りました。 いさましい武士になってほしいという気持ちのあらわれなのです。

お子さんが健やかに成長し、家内安全を願って揚げるのが本来の慣わしです。是非堂々と飾ってあげて下さいね!


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